「残業代ゼロ」を一足先に実施している職業の働き方がひどい

政府が導入しようとしている「高度プロフェッショナル制度」(残業代ゼロ制度)。当面は、年収要件や職業要件があるものの、徐々に拡大させていくことは目に見えています。

働き過ぎを防止するために、勤務の間に休憩を与える、在社時間に上限を設ける、休日数を確保するのいずれかを実施するという方策との引き替えです。

これで、時間外、休日、深夜の割り増しをゼロにしてしまうという制度です。

なんだか想像がつきません。それに休みがある程度確保されるなら…という考えがよぎるかもしれません。

ですが、そんな働き方をしている人たちがすでにいます。それを見てみれば、どんなに規制しても無制限に長時間労働が広がっていくことが理解できるでしょう。

「残業代ゼロ」な働き方をしているのは、公立学校の教員です。
1971年に制定された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給料等に関する特別措置法」(給特法)がその根拠です。

長い法律ではありませんが、後半は他の法律の読み替えが入るのでちょっと複雑です。
法1条で「公立の義務教育諸学校等の教育職員の職務と勤務態様の特殊性」について触れられていますが、それを理由にして、労働時間の原則をねじ曲げることにしています。

さて、給特法では、

  • 限られた場合でしか残業を命令しない
  • 残業代は支給しない

と定められています。

教員が残業しなくてはならないのは、たとえば修学旅行の引率のような場合がありますが、そういうごく限られた場合にしか残業の命令はありません。これによって、残業代を支給しなくても、無限定の残業はありえないという建前になっています。

ですが、現実はどうでしょうか。

先日、堺市の中学校教諭が亡くなった件で、労災が認められました。

同基金は昨年11月に仕事が原因の過労死と認定した。資料によると、同僚教員の証言などを元に推計した前田さんの死亡直前3カ月の校内での残業時間は月61~71時間だった。国の過労死認定基準(2カ月以上にわたり月平均80時間以上)を下回る数値だったが、残された授業や部活の資料などから、「(一人暮らしの)自宅でも相当量の残業をこなしていた」と判断した。

 生前、仕事の多さなどを聞いていた遺族が公務災害を同基金に申請。教育方法などを相談されていた姉(35)は「弟は熱血教師だった。使命感と責任感が強かったため、担任と顧問の両方を任されたのかも知れないが、わずか2年目の未熟な教師でもあったと思う。学校全体でサポートしてもらえていたら、死を避けられたかもしれない」と話す。遺族の代理人で、過労死に詳しい松丸正弁護士は「公立学校の教諭で、残業時間の全容が判明しない中での過労死の認定は異例だ」としている。
朝日新聞アピタル 命削った「熱血先生」 堺市立中の26歳に「死亡は労災」認定

業務量は過重で、自宅への持ち帰り残業もあったと推察されています。
「残業を命令しないから、残業はない」という理屈が通用しないことは明らかです。成果を求めれば、たとえ休憩中でも休日でも働くことを示しています。

考えてみてください。

平日、朝7時頃から学校に自家用車が止まり、先生たちが学校にいることがわかります。玄関先に立って、子どもたちを笑顔で迎える先生もいるでしょう。それも、「残業として命令されていないから、残業ではない」の一部です。
その先生の子どもさんは、いったいどうしているのか気になります。

夕方まで補習や部活指導もしているでしょう。午後5時頃の終業時刻を過ぎれば、それも「残業として命令されていないから、残業ではない」の一部です。会議や授業の準備のために夜10時頃まで明かりがついていることもしばしばです。

もちろん土日の仕事は、まるまるすべてが「残業として命令されていないから、残業ではない」にあたります。

給特法が成立した当時、子どもたちが学校にいない夏休みなど、先生たちは学校に出勤せずに街の図書館へ行ったり、自宅で研修したりと、その意味では自由に時間を使えていたのかもしれません。しかし、今は違います。夏休みであろうと出勤しています。

文科省も勤務時間調査を行いましたが、通常期においては平均すると40時間前後の残業があることを認めています。

「残業代ゼロ」はこのような働き方になるという意味です。どんな規制があっても、それが役に立たないのは明らかではないでしょうか。原則的に8時間労働制を守り抜くことが、ブラック企業を除いて、だれにとっても有益なはずです。

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